5月28日深夜
家に協力者の到着を待ってその間も家人と準備。
御夫妻で来てくださった協力者を乗せ、途中もう一名協力者をビックアップして5名のクルーで震災地『陸前高田市』に向かう。
『震災や津波で被災された方々に、美味しい和菓子とお茶をご奉仕しよう』
各所から自己満足だ、無意味だとの意見もありながら、それでも突き動かされ行く...。
夜を徹して東北道を北上し、午前6時30分には一関を通過。7時10分には陸前高田市の市境を通過出来た。途中の道はかなりの突貫修繕跡も見られるが、通常に何の影響もないレベルで、市境を通過してもさほど震災地と云う実感が湧かない。それほどに、復興が為されたかと多寡をくくっていた...。
しかし、市境を越え山間地を下りと或る橋を渡ったとたん、そこには折れ曲がった線路、在らぬ方向に倒れている橋桁、在る筈の無いタンクの残骸が目に飛び込み、生唾を飲み込んだ...。
橋を挟んで上流は何の変哲もない田舎の景色。下流は阿鼻叫喚の跡地。そのチグハグな感じに目眩を起こしそうになった。
時間も早かったので、先ずは横田町の道の駅で休憩を取り、その後8時30分頃市街地に出た...。いや、市街地だった所。其まで騒々しい車内が言葉を失った。進めば進む程、その光景は酷さを増して行く。クルー全員が口を半開きにし、車内を360°回転して現実感の無いその世界を見た。
友人が言っていた『千年に一度の光景』が其処には存在した。嘗て其処は街、いや市だった場所が数棟の全壊構造物を除き海際から山際まで瓦礫で覆われ、海鳥だけが動くもの。日曜日の早朝だったからか、人の居ない殺伐とした光景は、クルー全員の眉間に皺を寄せさせた...。雨が降っていたにも関わらず、その場を取り巻く空気感は何だろう、言葉を失う...。
指定された避難所に向かう道は、カーナビゲーションとは全く違い、信号や目印が全く無い世界。此処は本当に日本なのだろうか...。
山間にある避難所には午前9時頃に到着する。 施設長で陸前高田市議の千田先生、支配人の蒲生さんに挨拶の後、今回の趣旨を説明し、避難されている皆さんの昼食時にお茶お菓子のご奉仕させていただく段取りとした。 準備も整い午前11時30分から三々五々集まる皆さんにお菓子をお配りし、お茶をご奉仕した。 中には小さなお子さんも多く心配したが、皆さんお代わりをご所望下さった。子供達は美味しい美味しいとお菓子を3つも頬張った子もいた。途中、今回の震災で虚しくされた御命に対し、誅心からお香を一つ点てさせて頂いた。
避難所の皆さんに見送られながら、今度は陸前高田市ボランティアセンターに向かい、そちらで献身的にご奉仕されているボランティアの皆さんにも、お菓子とお茶を配った。はじめてのお茶に戸惑われている方もいらっしゃったが、概ね喜んでいただけたと思う。
午後3時半、陸前高田市を帰路に。 感謝されるつもりは毛頭なく、寧ろご迷惑だと云う事を知りながら、ただ一時の憩いを楽しんでいただくための奉仕だったが、我々クルー全員が却って元気を貰って来た。
一人一人に『生きていてくれて、本当にありがとう』と云う気持ちで一碗一碗に心を込めた。 東北のみなさん。どうぞ生きて活きて下さい。心から応援します。
末筆ながら、今回のご奉仕にお力を貸して下さった『モビリア』の千田先生、蒲生支配人、ボランティアセンターの西村さん。武安さん。美味しいお菓子を提供下さった柏の福嶋やさん。NPO法人香道と日本の雅文化会の皆さん。クルー。そして陸前高田市の皆さん。ありがとうございました。
最後にお茶をご奉仕した方から、「やっと人間らしい心を頂いた。ありがとう」と云う意の言葉を頂戴した事を付け加えておく。復興を心からお祈りします。爽やかに。
(記:青海光)
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